警察官とカルテ日記


 8/1 雨
 私はパトロールに出掛けた時に落し物を拾う。
それは女の子用の可愛い日記手帳だった。

 私はそのままパトロールを終え遺失物届けを書くために特徴と紛失した場所を記述している。


「北交差点の・・・東公園前の歩道・・・っと」


 それは普段通りの勤務だった。
私は遺失物を丁重に保管するために雨で濡れた手帳を乾かそうとページを捲った。







*







*――――
4月9日
 今日から新学期だー!
長くて短い春休みが終わちゃったよーー

 でもほんの少し嬉しかったりして
綾乃もそうだけど学校の友達に一週間振り(笑)に会えるぅぅうう
元気してるかなぁ?



 でも本当はやっぱりあの人・・・
今日は乗ってくるかなぁ?
向こうの高校も今日が始業式かなぁ?
いつ帰るんだろう?

 いつも18時25分の上り線2両目に乗ってくるあの人
     ――――*





 彼女の日記は新学期の事から始まった。
そして、最後にあの人と書かれた女の子らしい文章。
私はついつい乾かしている間、その彼女の心情とも言える中身を無意識で読んでしまった。





「奈緒ーー!おひさ!」
「綾乃とは毎日会ってたじゃん!」
「そうだっけ?だって寂しかったんだもーーん」
「バーカ」


 彼女は奈緒。
今回の手帳を書いている本人だ。

 そして、その友達の綾乃。
奈緒と綾乃は春休みもずっと一緒だった大の仲良しで親友だ。


「ねぇねぇ、クラスまた一緒になるかなぁ?」
「綾乃が居ないと学校つまんないよ」
「バーカ」


 彼女と綾乃はクラス替えの発表がある朝の教室で期待感と名残惜しみを織り交ぜたいちゃつき合いをしていた。
そして、1年の担任だった先生から一人一人のクラスを読み上げていかれる。
周りからは「また一緒だよー」だったり「また同じかよ」だったりそれぞれだったがこの二人については本当に重要な問題だったらしく。


「綾乃は?」
「あたし8組、奈緒は?」
「10組・・・・」


 彼女と綾乃は声だけ泣き真似にして抱き合って悲しみを表現する。
いや顔も本当は泣き真似して心底悲しがっていたけど・・・


「休み時間遊びに行くねー」
「綾乃も絶対だよ!」


 これが運命の悪戯だった。





*――――
5月2日
 今日、綾乃に彼氏が出来ました。
同じクラスの杉本君だそうです。

 綾乃可愛いからなぁ...

 おめでとう!!

 でもなんか複雑...
綾乃はこれからも今までどおり一緒に居てくれるのかな?
一緒に帰ったり出来るのかな?

 ・・・・・・・

 でもやっぱり祝福してあげなくちゃ!
もう高2なんだし大人になろうっと...


 はぁ...あの人が私の彼氏だったらなぁ...
     ――――*



「ごっめーん、奈緒、今日はちょっと」
「うん、彼氏と帰るんだよね!」
「本当にごめーん!」
「気にしないで!大丈夫だから」


 綾乃は最近、どっぷり彼氏にハマっているみたい。
毎日一緒に帰っていたのが週4、週3、週2、そして今日もだからほぼ週1でしか一緒じゃない。
やはり、クラスが違うと言っただけで人と人の間に溝は少なからず出来るものだ。


「はぁ〜」


 そんな大きなため息をすると奈緒が乗っていた車輌に他校の下校生達が乗り込んできた。
彼女は持っていた手帳で思わず顔を隠す。


(あっ...あの人だー...)


 隣の高校の制服を着た4人組のグループでその中に薄い茶髪で顔立ちのはっきりした男の子にチラチラと視線を覗かせる。
彼とは高校1年の冬に出会った、と言っても接点がある訳ではない。

 その日は珍しく綾乃とは別々に帰る事になって一人で電車に乗っていた。
私の乗る電車は対面式で相手の仕草や相手の発する音まで嫌でも車輌内なら筒抜けだ。
そして、ドアのすぐ傍の椅子の端に座ってた彼女と彼は次の駅で乗り込んできた隣の高校の男の子。
彼は向かいドアの横に一人で立っている。
たまに視線を遣るぐらいで彼女はこれ程までに気持ちが高揚するとは思っていなかった。

 それから暫く、と言うよりも今も彼女は同じ車輌の同じ時間で下校するようになった。
一目合わせるだけで体中が緊張するのも綾乃がいつも付き添ってくれる事でなんとかなっていた。



 でも今日は綾乃が居ない。
悪い意味でなくチャンスとかも思っちゃったりしたけど、改めて一人で居るとどんどん近づいてくる彼の駅に心臓がはち切れそうになる。
これは綾乃の興味の対象が彼氏に移ったとかじゃなく、明らかに恋の病に冒された溜息だった。

 知らない間に下校時の彼女は綾乃を病のワクチンに仕立て上げていた。
まぁ、綾乃も綾乃で鈍い所が在るから気付かなかったけれど...
そのワクチンを切らした今、彼女はピンチに陥っていた。


(どうしよ〜、話しかけてみようかな〜...でも何て?)


 彼女の心の中だけで繰り広げられる葛藤。
自分の机でその帰りの電車の出来事の恋の病状カルテを手帳に付けていた。




*――――
5月29日
 今日もまたあの人の名前さえ聞けなかった...
いつも最初に降りちゃう私だから降りる駅も知らないし...

 でも一人で帰ってる姿はいつも知的に見える。
難しそうな参考書を片手に乗っていたから大学も国立なんだろうか?

 私もちょっと勉強頑張ってみようかな!?(笑


 どうにか近づけないかな......苦
     ――――*




 それから彼女は度々二人で鉢合わせる事も多かった。
もちろん電車に他の乗客が乗っているのは確かだが彼女にはそれは映らないのだろう。
それ以降の日記を見ても何の変哲も無い内容だが必ず彼女の病のカルテが書かれていた。


 そして、病を治す特効薬が手に入った。
綾乃のワクチンに変わる、一世一代の特効薬が。


「ごめーん、奈緒ぉ、今日は彼氏とデートの約束があるから」
「あっ、そうだったね。いっぱい愛されてきな!」
「うん、くるぅ」


 綾乃の笑顔を見ていると本当に幸せそうだ。
中々決心が付かないで毎日眺めているだけで彼と繋がるきっかけをうじうじと待っているだけの彼女には羨ましくてしょうがなかった。

 その帰りの電車、彼は一人でいつもの場所に陣取っている。


(あっ、髪切ったんだ...色もちょっと抜けてるし大人っぽくなったなぁ。)


 そうやっていつもより念入りに惚けていた。
その時、彼が参考書から目を外し駅を確認して参考書に目を戻す間で思わず目が合ってしまった。


(あっ...)


 それで彼女は目を逸らしてしまったのだがいつの間にか自分の駅に着いているのに気が付いた。
社内アナウンスは既に「閉まるドアにご注意下さい」と促している所で慌てて彼女は駆け下りた。


「おいっ君のだろ?」


 そんな電車のドアが閉まりかける時に後方から彼女に向かって何かを放ってきた。
ふんわりとした軌道で彼女に手に届けられたのは今私が持っている日記だろう。
その日の日記には踊るような文字で書き留められているから彼女の容態は奇跡の回復を見せているようだ。




*――――
7月15日
 やったー、初めて彼に私の存在を知ってもらったぞー^^
急いでる私に落としたこの日記を投げてくれた優しい彼。

 もしかしたら急激に接近できるチャンスかも?

・・・
     ――――*




 15日の内容はページびっしり嬉しさを表す顔文字や絵文字やらで殆ど文章にはなっていなかった。
まぁ病原体に対する新種の特効薬を見つけてくれた医師や患者にしてみれば、甚だ衝撃の達成感があるだろうから無理も無いのだろうが...
特効薬、それ自身の彼にも同じような気持ちであって欲しいと私は願う。




 ―がそんな夏休み前日の内容だった。
そして、そのカルテを最後に症状の経過は書かれ...いや書けなくなったと言った方が正しい。





*――――
7月20日
 明日で学校終わり。
やったーって言いたい所だけど、本当は嫌。

 だって彼に会えないもん...




だから私は明日、彼に告白する!
     ――――*






*







 私はこの内容を見て「いよいよかっ」と意気込んでさえ居た私だったがそのページが乾いて1枚捲ったページの続きはもう書き記されていない。
空白の10日間で筆者はどういう結末に至ったのか?
ついには私はその内容に惹きこまれ結末についてもどかしくて知りたくなってしまった。


「21日に彼女は告白してどうなったんだろう?」
「先輩、まだ上がらないんですか?今日早番でしょ?」


そう遅番の後輩が気遣ってきてくれた。


「あっ、うん、もう帰るよ、遺失物の保管してて遅くなっちゃった。」
「あ〜びしょびしょになってたんですね...あれ?この日記」


 後輩の婦警が急いで閉じた日記の表紙を見るや否や驚いた様子で日記を手に取る。


「nao kanzaki......神崎奈緒!?」
「この持ち主、知ってるの?」


 後輩は少し言葉重たげに口を開く。


「この子、確か7月の終わりに交通事故で...意識不明の重体なんです。」
「えっ?」


 結末が書かれてない理由が分かった。
ショックと同時に何故だろうか?私は後輩から彼女の入院している病院を聞いて日記を持って向かっていた。


 南大学病院の受付で彼女の病室を聞いてその病室の戸の前に立つ。
どうやら個室のようだ。

 ノックをするとか細い返事がした。


「はい、どうぞ」
「失礼します」


 ベッドに俯いて生命維持装置や点滴を施されている彼女とおそらくその母親らしき人が居た。


「おっお巡りさん?」
「あっ、急に申し訳御座いません、私西派出所に勤務している者で落し物の持ち主が恐らく娘さんの物だと思いお届けに参ったんです」


 私は日記を母親に手渡した。
数枚捲ると筆跡を確認して涙ながらにお辞儀をする。


「娘さんのご容態は?」
「あまり良く無いそうです。手術は成功しましたがあとは奈緒の気力次第だそうです...」
「そうですか...」


 それ以上、他人でしかない私に言葉はあるはずも無くお互いお辞儀を済ませて失礼した。
カルテに書かれなくなった彼女の心の病から本物のカルテに重体の症状をつらっていかれる...
なんて悲しい結末...
私はいつしか涙を零していた。






 今日、私は非番で朝から記憶のページを辿ってある電車の車輌に乗っていた。


(え〜っと、確か茶髪で顔立ちがはっきりしている高校生ぐらいの男の子...他に特徴は覚えてないよ...見つかるかな?)


 私は筋金入りのお節介焼きだ。
彼の彼女に対する気持ちはどうか分からない。
けれど、私はどうしても彼に彼女の病を直してもらいたかった。

 何より、彼は彼女の特効薬だから。


「う〜ん、茶髪で顔立ちがはっきりしてるってだけじゃやっぱ見つからないか...」
「なぁ弘樹あの子の名前ぐらい知ってんのか?」


 そんな少々大き目の声で高校生ぐらいの三人組の会話が耳に入ってきた。


「いや知らない、夏休みはやっぱ乗ってこないよな...」
「まぁ元気出せ、別にもう会えないって訳じゃないんだろ?」
「そうだよ、それか制服から高校は隣の中央高校なんだろ?押しかけてみればいいじゃん!」

(中央...高校?確か奈緒さんの高校は中央高校...もしかしたら)


 そう思うと私は三人組で唯一茶髪の男の子の肩を叩いた。


「君、神崎奈緒さんって知ってる?いつもこの車輌に乗ってくる160cmぐらいの女の子」
「えっ?彼女の事知ってるんですか?」
「ちょっと来て欲しいの」


 私は弘樹君を連れて南大学病院に訪れた。


「病...院...?」
「彼女は此処に居る」
「かっ彼女何処か悪いんですか?」
「・・・神崎奈緒さんは7月21日、下校途中に車にはねられて意識不明の重体で生死をさ迷ってる」
「そっそんな...」
「病室は1501号室、彼女に一度会ってあげて欲しいの」


 彼の答えはすぐだ―


「彼女に会わせて下さい」


 私と弘樹君は彼女の眠る病室に向かった。
ノックをするとか細い声が対応する。


「あぁ婦警さん、その節はお世話になりました」
「いえ、私は何も...それでお母さん、今日はこの前言ってた人を連れてきたんですけど」
「あぁ、貴方が...宜しくお願いします...」


 弘樹君は変わり果てた彼女の姿を見た。
そして傍に歩み寄り初めての挨拶を交わした。


「奈緒さん...死なないで下さい!目を覚まして下さい!」


 弘樹君は間も無く顔をくしゃくしゃにして悲しみを振り絞る。
初めて触れた彼女の温もりをギュッと握り締め、額に願いを込めて祈る。







*






―此処は?
私...どうしちゃったんだろう?


・・・・・・


そうだ!今日は彼に告白する日だったんだ。
急がなくちゃ。

彼は25分の電車に乗ってくるんだ。



キキーーーー、ズドン




・・・・そうか、私事故に巻き込まれて。





せめて...



せめて......



せめて、名前だけでも知りたかった...




助けて...



助けて......



助けて、あの人...






「次は、東高校前〜」
「えっ?此処は...電車の中?」
「奈緒さん!」
「・・!?」
「奈緒さん!」
「まっまさか!?」
「こっちへ!」


 私の手を引いてくれるこの優しい手は...あの人。


「あっちょっちょっと待って、一体...」
「今は話している時間が無い!早く戻るんだ!」


 彼の様子は今までに見たことの無い姿だった。
だが、初めて間近に触れ合う彼の手、そして私を守ってくれる大きな背中。


 夢でもいい。

 夢なら覚めないで。


 何が何でも強引に引っ張る彼の手に身を任せ電車を降りてホームを走り、街中を駆け抜けて辿り着いたのは南大学病院。
受付もしないで駆け昇る階段、そして1本の廊下の先に1501号室。

病院はひっそりと静まり返っている、まるで二人だけに時間が流れて
いるかのように

 彼はそっと手を離し、その両手で肩をしっかり持った。
そして静かに口を開ける。


「俺は弘樹。奈緒さん!俺のために戻ってきてくれ!」
「えっ?戻るって...」
「お願いだ、この病室の扉を開いて」


 真っ直ぐ、凛と、そして過剰な願いに充ちたその潤んだ瞳と見つめあう。
私は「うん」と首を縦に振ると、彼は両手を緩めた。
何も言わずに以心伝心で会話を交わした後、私はノブに手を掛けた。







*







「・・・・・・・・・・た」
「・・・・・きた!」
「・・おきた!」
「起きた!」
「奈緒さんが目を覚ました!」


 弘樹君は慌ててナースコールを何度も押して知らせた。
すぐに医師や担当の看護婦、そして母親と私も病室に駆けつけた。


 そして、彼女が何より驚いたのは右手に感じる夢で見たあの温もり。


「奈緒さん、良かった、本当に良かった」
「えっ!?」









「お巡りさ〜ん!」
「おぉ、奈緒ちゃん!すっかり元気になっちゃってぇ」




 あれ以来、私と奈緒ちゃんと弘樹君は友達。
そして、彼女が見つかったら困るとあの日記は私の手元にある。


 白紙だった続きは代わって私が日々の経過を綴っている。
今度は彼女と彼のお惚気を治すカルテ日記になりそうです。