-m-メートル


 私は傀儡師。
この度は私の”遊び”に付き合って下さって誠に有難う御座います。

 今回、私から貴方にほんの僅かですが褒美を掛けてゲームをして頂きたいのです。

 内容は簡単な物です、私が言う物を探し出して来る―それだけです。

 もちろん、此方からは一切何も頂きません。

 貴方の頑張りがそのまま褒美となるのだから良い話だと思いませんか?



 私は貴方の様なゆとりの無い方に安息を与えるのが仕事なのです。






 ―鈴木の場合―

 鈴木(27歳)、東京都出身、独身、飲料関係会社営業担当。
性格は気弱でとても営業には向いていない。
別に不真面目ではなかったけれど、いい歳をして未だに外回りに追われる日々である。
趣味もこれと言って無く、家と会社を往復する週5日以外は大体パチンコ屋で時間を潰している。
これが、今回の主人公。


 2008/04/04 (fri)
 今日も鈴木は外回り。
季節的にはかなり過ごしやすい気候ではあったものの、鈴木には地獄の時期である。

 ―アレルギー性鼻炎、所謂『花粉症』だ。
毎日、マスクが無ければ食事すらままならない..

 それでも、お得意様のご機嫌を取りながら首都圏を這いずり回って梯子をする。
ノルマに追われ、時間に追われ、帰社しても上司に負い目。

 嫌気も刺したが、鈴木には再就職先なんて容易に探せる年齢では無い。
それに、頭もそれ程良く無かったから自分を誇れる物なんて見当たらなかった。

 鈴木に”ゆとり”と呼べる物は唯一、パチンコに行く事ぐらいだった...


「お前やる気あんのか?」


 帰社した鈴木に、上司が激を飛ばす。


「...すっ...す、す、すいません...」
「お前以外は皆ノルマは達成しとるんだぞ?」
「はっ...はい...(ズルッ)」
「『はい』はもういい、聞き飽きた!」
「すいっ(ズルッ)...すいません。」


 上司は既に呆れた顔をしている。
再三同じ事を注意するのだから無理も無いが、普段なら理不尽な事に難癖を付けて来る。
上司は別に周りから嫌われている訳でもなく、どちらかと言えば人気があった方だ。
そんな上司の言い草は

―花粉症直して来いだの
―眼鏡の印象が悪いだの
―ノルマ達成出来ないなら1日中回ってろだの...

 まぁそれを言いたくなる程の結果ではあったのだが・・・




 今日もしこたま絞られた鈴木は明日土曜日って事もあって会社帰りにパチンコ屋に寄る。
店内は掻き入れ時な夕方の日が落ちかけた頃、島の”おいしい”そうな台は殆ど埋まっている。

 鈴木は仕事してはいるが、給料的には毎月貯金できる額は僅かである。
そのため、パチンコで負けたりすると生活は苦しくなる。
とりあえず毎日カップ麺、会社では200円のかけうどん。
親のすねを未だにかじる時だってある。


 鈴木は店で一番人気の無い、初めて打つ台に着席する。
財布の中には、5000円。

 昨今、パチンコは昔に比べギャンブル性が低くなりつつある傾向はあるものの、
やはりそこは運次第であり鈴木のオーラを映しているかのように紙幣は吸い込まれていく。


「あ゛ぁ...ああ、糞っ!」
―バシンッ


 気弱な鈴木ではあったがパチンコ屋では声も聞こえないし、
他の客もフィーバーした時以外はそれ程周りを気にしない暗黙の了解が成り立っていて、
普段の鬱憤を晴らすように台をバシバシ叩いている。


 30分も経たないで軍資金1000円だけになってしまった。


(これで当たらなかったら今日もカップ麺だなぁ...)


 鈴木の弱い意志が無表情な話し相手に食べられた。
お礼に250玉の遊戯をくれる。
相手の中心にそれをやると、小刻みに変わる”熱さ”が表情を変える。

 相手の顔が嬉しいと見せる時は、目と鼻が一列になるほど笑った時だ。
でも大体鼻は少し下まで滑ってしまう。

 残りの玉は目視で約50発...

 今日の晩飯が確定しかけたその時、誰も打っていなかった鈴木と同機種の隣の台に座った男がいた。


(お前も俺と同じ組か?)


 そう心の中に思うと、男が入れた1000円250玉の恐らく50発を超えないで
男の相手は嬉しそうに笑った。

 こう言う時の人間の心情は理由も無くがっかりするものである。


(そっちにしておけば...)


 負け惜しみの何者でも無いが鈴木は男を横目に軽く睨んだ。
男は深く帽子を被っていて表情は見て取れない。
感情も体で表現するタイプでは無さそうで受け皿に手を置いて黙々と相手をしている。


 そうこうしている内に、鈴木の相手はうんともすんとも言わなくなっていた。
横に誰かが座っていれば怒りを相手にぶつける事も出来なく、
ハンドルを固定していた10円を外して去ろうとしていた。


 そして、男は確立変動、通称確変を引いていた。
しかし、男は受け皿を持って早々とその相手から身を引いた。


(あいつ馬鹿?初心者か?)


 鈴木はチャンスと言わんばかりに携帯を流し口に置いて近くのATMに走った。
戻ってきた鈴木は浮気した相手に速攻で癒された。


(今日は馬鹿のおかげで助かったよ)


 そうやってご機嫌で居ると鈴木の2股相手に誰か座ってきた。
さっきの男である。

 一際特徴のある男だったから見間違えるはずはない。
深く被った帽子に、もう春の温暖な気温なのに、ロングコートを着ているその男。


(なんだこいつ?悔しいのか?でももう遅いよ...)


 もしかしたら鈴木は押し殺せない感情でほくそ笑んでいた気持ちの悪い奴に見えるかもしれない。
男の浮気相手は相変わらずそっぽ向いている。

 しかし、鈴木の相手も最初は良かったが飽きられたのかどんどん玉を食うだけ食って、
浮気の”仕打ち”をしてきた。

 男の事も忘れて鈴木は段々イライラしてきた。
そこに、元カノの浮気相手が鈴木に声を掛けてきた。


「良かったらこっち打ちますか?」


 鈴木の元カノは見事に噴いていた。
だけど、鈴木にも意地があったのか浮気相手を譲らなかった。


「え?いや結構です...」


 鈴木はそう言うと男はそのまま確変を起こしてまた1箱で去ってしまった。
人間2回も不思議な行動を取られると不安にもなるが鈴木はセオリー通り元カノに移った。

 負けはしなかったが何処か微妙な空気でパチンコ屋を後にする。
玉を景品に代え、景品を現金に換えようと自動ドアを出た時、その男は立っていた。


「勝てましたか?」


 鈴木は男の言葉にきょとんとし、景品をしっかり握り締めた。


「これは俺が出した分だからな」
「別に取ったりしませんよ、私はあなたに勝って貰いたかっただけです」
「...え?そ...それはどうも...」


 人が良いのかお節介なのか分からないが鈴木の中にあった男に対する警戒心は無くなった。


「鈴木さん、今度は私の”遊び”に付き合ってくれませんか?」
「え?なんで俺の名前を...」


 鈴木は驚いた顔をしたが、財布にお金を入れようとした時に免許証が出ていたのでそれに悟った。


「どうです?明日とか?」
「いえ、結構です、忙しいですから...」
「そうですか...では明日もしパチンコする事があったらさっき私が打っていた台を打ってみてください。」
「えっ?それはどういう...」


 そういい残した男は背を向けて去っていった。
鈴木は蟠りを残したままコンビニでお弁当とお酒を買って帰った。


 2008/04/05 (Sat)
 鈴木は昨日の男の言葉が気になり朝一でパチンコ屋に並んでいた。
開店と同時に早足で掛け”おいしい”そうな相手を選ぶ面々に反して鈴木は一直線にあの娘の所へ行った。

 土曜はイベントだったので相手の上に娘のその日の機嫌が刺さっている。
鈴木が選んだその娘の機嫌は3段階ある内の最悪だった。

 鈴木は躊躇してしまい、結局あの娘が見える位置で他の相手に座った。
鈴木の相手は適当に奉仕はしてくれるが満足の行くものではない。
入店から1時間もすれば負けが嵩んでいた。

 ふと後ろのあの娘を見ると誰かが相手をしている。
しかも座っている奴もその娘も雰囲気は最高潮だ!


 鈴木の後悔は果てしない。
昨日の勝ち以上に負けて店を出た・・・。

 とぼとぼと2,3歩、歩いていると後ろ越しに気配を感じる。


―あの男・・・


 鈴木は駆け寄り、早口で問いただした。


「あなたはあの台が出るって知ってたんですか?」
「どうです?今日も勝てましたか?」
「いや...その...」
「あれ?負けちゃいました?」
「あなた予想屋かプロですか?」
「いいえ...私は傀儡師です。」
「傀儡師?」
「そうです。ある人に雇われてゲームの案内をさせて頂いている傀儡師です。」
「・・・はぁ・・・ゲームの?」
「良かったら今からパチンコより面白いゲームをしませんか?」


 鈴木は怪しい事に巻き込まれそうな予感はしたが、
昨日と言い、今日と言い、チャンスと言わんばかりに交換条件を嗾けた。


「じゃあ、付き合ってあげたら明日の勝てる台教えてください。」


 傀儡師は深々と被った帽子を人差し指で持ち上げ笑って見せた。
その印象は思ったよりも若かった。


「じゃあ参加って言う事でいいですね?」


 傀儡師はその場で説明を始めた。


「私は傀儡師。
この度は私の”遊び”に付き合って下さって誠に有難う御座います。
今回、私から貴方にほんの僅かですが褒美を掛けてゲームをして頂きたいのです。
内容は簡単な物です、私が言う物を探し出して来る―それだけです。
もちろん、此方からは一切何も頂きません。
貴方の頑張りがそのまま褒美となります。」
「それでその探してくる物は?」
「これを貴方に渡します。」


 そう言って傀儡師は手のひらに納まるぐらいの万歩計みたいな物を差し出した。


「万歩計?」
「違います、これは『メートル』と言います。」
「『メートル』?」
「目的の物がある場所までこれに『あと何m』って形で表示されます。
 表示が0になったら辺りを見回して下さい、あるアイテムが見つかります。」


 鈴木が『メートル』に目をやって見上げた時には傀儡師の姿は既になかった・・・。


 『メートル』には500mと表示されている。
それは鈴木が1歩2歩と進む毎に499m、498mと減っていく。
1歩2歩と後退する毎に500m、501mと増えていく。

 鈴木は今、横浜市港北区の綱島駅近くのパチンコ屋に居る。
鈴木はメートルを頼りに道を進む。

―右進行、501m
―左進行、499m

 まず鈴木はパチンコ屋を出て左へ進路を選ぶ。
この通りは一車線で若干狭く、小道合流はほぼ一方通行で車だと比較的通りにくいが
歩行者にしてみれば程好く栄えてて人通りが多い。
鈴木はこんな簡単な事で本当に情報が手に入るのか疑ったが、
どうせ1人で居ても時間の浪費には変わりないから半信半疑、歩を進める。

 最初の四差路がが見えてきた。
―信号無し、左方向一方通行、右方向一方通行。
―右進行、471m
―左進行、469m
―直進行、471m

 セガのゲームセンターがある曲がりを左に曲がる、ちょうどさっき行っていたパチンコ屋の裏だ。
もう一度四差路に差し掛かる。
―信号無し、左方向右へ一方通行、右方向右へ一方通行、車輌は右折と直進のみ。
―右進行、419m
―左進行、420m
―直進行、420m

 イトーヨーカドーを通り過ぎるまで真っ直ぐ鈴木は進む、既に150mを越していた。
そして、こう言った行動を繰り返していく内、ついに残り10mと言う距離になった。


 そこは、小学校を過ぎて早渕川を渡る橋の上。
恐らく褒美はそこにあるだろう...
橋の上...河川敷...そこら辺を隈なく歩いて『メートル』が0になるのを探す。
歩くたびにそのレンジは狭めて、鈴木は


「5...4...3...2...1......!」


 『メートル』は1mを指してもそれ以下を絶対に指さなかった。
鈴木はざっと周りを見渡した。
河川敷、コンクリートで固められこれと言ってアイテムらしき物は無い。

 鈴木はどっと疲れを見せその場に座り込んだ。


「なんだよ、アイツ...何にもねぇじゃねぇかよ」


 ふと『メートル』を川に向かって投げようとした時、鈴木はカウンターに目をやった。


『0』


 カウンターが0になっていた。
鈴木はもう一度自分の居る場所を良く見た。
何かアイテムとする物があるとすれば、唯一つ...


「フ...フリスク?」


 腰を降ろしたお尻の後ろにあったのはフリスクのケース。
未開封って訳でもなく、空っぽって訳でもなく、何の変哲もないフリスク。


「まさか、アイツ、フリスクを探させるためにこんな物を?」


 それでも、これ以外には石ころ一つ落ちていない。
仕方ないから、フリスクだけ持って鈴木は男と会ったパチンコ屋に戻った。
しかし、待てども待てども男は現れる事は無かった。

 パチンコ屋の入り口にずっと立っていた鈴木は警備員に注意までされてしまった。


「やらないのなら他で待っていてもらえますか?
 此処は入り口ですので邪魔になります。」


 鈴木は警備員の追い払いに腹でも沸かしたのか、ムッとした顔をして店内に入っていった。


(仕方ない、パチンコでもするか...)


 それでも相変わらずな結果である。
その内、口が寂しくなったのか、無意識に拾った”フリスク”を口に入れる。


 スーっと鼻を抜ける心地がやけに鈴木を落ち着かせた。
もちろん、フリスクぐらい鈴木も食べた事はある。
だが何か違う気がした。


(何だろう?この感じ?すっごい気持ちいい)


 すると相手をしていた彼女が急に態度を激変させた。
相手をしていた娘が急に火照り始めたのだ。
そして、熱は一気に急上昇、爆発的勝利を鈴木は手にした。

 同時に回りの羨む目を独り占めにした事で鈴木は今までに無い優越感に浸っていた。


 懐はホカホカして、両手には普段買えないようなスーパーの高級ゾーンを買い溜め、
そして衝動買いであまりやらないPS3まで買って鈴木の両手はいっぱいになっている。


 鈴木は思い出した・・・


(そうか!このフリスクがあの傀儡師の言ってた”褒美”なんだ!)


 それから毎日の様に鈴木はパチンコ生活に入り浸った。
毎日、10万以上勝ち続け、ついには1週間で自分の仕事の給料を遥かに凌いだ。

 鈴木は調子に乗って会社を無断欠勤してしまう程。

 会社から連絡があっても鈴木は音信不通を貫き、パチンコに専念。
そして、今月鈴木は300万近く稼いだ。
毎日が笑で止まらなかったが、遂にその時は訪れる。


 ”フリスクが無くなった”のだ。


 鈴木はまた前の”運”に逆戻り、日々5万、10万、酷い時は20万近く負けた。


(やべぇ、フリスクが無くなったからだ......)


 そして鈴木は思いつく。


「そうだ!『メートル』!」


 鈴木は傀儡師からもらった『メートル』を探した。
・・・が何処にも見当たらない。


(そう言えば、このフリスクを見つけて以来見てなかったな...何処に締まったんだ?)


 記憶も1ヶ月前の無くし物なんて普通の人間は思い出すのも至難の業だ。
結局、『メートル』は見つからなかった。

 鈴木は傀儡師に会ったパチンコ屋に出向く。


(今まで会わなかったけど、いつかきっと会えるはずだ!)


 そうやって鈴木は傀儡師に会えないまま多額の借金を背負っていく・・・。


 鈴木は久し振りに会社に出勤した。
元々、挨拶もろくに交わしたことの無い同僚だったから無言でデスクに着く。
周りも鈴木には目もくれない...と言うよりは存在なんて気付いていないよう。

 鈴木は筆記具を出そうと机の鍵を開けようとした...


(!?)


 鈴木の鍵とデスクの鍵穴は全く相性が噛み合っていなかった。
そこに―


「あなた誰ですか?此処は僕のデスクですよ。」


 鈴木に声を掛けてきたのは鈴木が一度も会った事の無い青年。
鈴木は何の事か分からず困惑した。
そして、鈴木が苦手とする上司がやけに上機嫌に呼び寄せた


「鈴木君!君のデスク昨日から無いんだ」


 上司はそう言って笑い飛ばした。
当然だ、10日近く無断欠勤もすれば解雇される事は常識だろう。

 鈴木の黒目は目蓋と交わる事無く見開いた状態で驚きの表情を作った。
自然と涙が出てくる。


 無職になってしまった鈴木。
鈴木は怒りの矛先を傀儡師に向けた。
解雇されたと知った当日、鈴木はパチンコ屋に足を運んだ。

 店内に入ると、そこには今まで姿を現さなかったあの傀儡師の姿を見つけた。
鈴木は憤慨した顔のまま椅子と椅子の間をドシドシ迫ってきた。


「おいっ、貴様!よくもあんな物渡してくれたな!」


 鈴木は傀儡師が相手している娘を振り払い、胸倉を掴んで騒音にも負けない声で怒鳴った。


「これは、これは、鈴木さんではないですか。」
「殺されたくなかったら、あのフリスクだしな!」
「殺すとは穏やかでは無いですね...でもあれは本当にただのフリスクですよ!」
「つべこべ言わず出しやがれ」
「しょうがない人ですね...それじゃあ私のフリスクをあげますよ」
「本物だろうな?」
「まぁ、ニセモノかホンモノで言えば本物のフリスクですよ!」


 鈴木はそれを受け取って消費者金融から借りた。




 その後、鈴木は傀儡師の姿を見る事は無かった。
そして、鈴木の姿も”シャバ”で見る事は無かった。




 ―私は貴方の様なゆとりの無い方に安息を与えるのが仕事なのです。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
―佐藤の場合 起―

 佐藤(17歳)、福岡県出身、独身、光陵高校在学。
正確は活発で明るい、友人も人並みに居る、どちらかと言えば1番より2番手的存在。
別に不満ではなかったけれど、この歳まで女っ気は一切無い。
部活をしていて、佐藤はバスケ部だった。
これが、今回の主人公。



 2008/04/07 (Mon)
「きり〜つ、れ〜い」
「おはようございま〜す」


 今日から新たに新学期がスタート。
佐藤は3年2組。
生憎、今日は新たなスタートを切るには相応しくない天気だ。

 2年だった理系のクラスの繰り上げで殆どクラス替えの新鮮味が無い。
理系なだけあって女子の人数も全体の1/4程度だ。


(男臭いし同じメンツばかりやなぁ...)


 そんな愚痴を心の中に留めて、佐藤は出席番号10番の席に着いて呆けていた。
担任の教師は化学の授業担当をしている。
やはり今日も白衣での登場だ。


「佐藤!佐藤!佐藤は休みか?」
「・・・」


 お決まりの点呼が始まったのだが、佐藤は若い番号にしていきなりドジを踏んでしまった。
担任に連呼された自分の名前に気付かず、出席簿で叩かれてしまった。
周りからは慣れている事もあって笑いが起こる。


「うっ、とぅっ、痛っ?...あっ、はっ、はい...」


 サ・ト・ウの一文字一文字にその硬い表面を軽く、リズム良く躍らせたお茶目っ気のある担任。
まぁそんな事で佐藤の新学期は始まる。



 しかし、佐藤が呆けていたのはもう1つ理由があった。
新学期早々に転向してきた女子が先に紹介されていたからだ。
大体、段取りが悪い担任のせいだと佐藤は責任転嫁したくなった。。

 佐藤の席は入り口に近いほうから2列目の一番後ろ。
そして、彼女は女子の出席番号の一番最後の次の空席を座っていた。


 そう、佐藤は所謂”一目惚れ”だった。


 笑いの注目の的になっているのを横目に転校生の顔を伺った佐藤。
彼女も周りと合わせて照れ隠し気味に笑っている様。。

 そんな視線に釘付けの佐藤を出席番号5番ですぐ隣の一番親しい友人が弄ってきた。


「佐藤、お前惚れたろ?」
「はっ?そんなんじゃねぇて」


 今までそう言った事に関心があまり無かった佐藤の返しにきっとそいつは確信した。
それから毎日、”茶化し”が始まった。



 2008/04/09 (Wed)
 高校とは2日もすればあっという間に休みボケを残したまま、
”普通”の生活に戻る。

 この日は新学期最初の体育の授業だ。

 種目は男女共通の陸上競技。
新学期始まって最初の競技はいつも陸上だったため、
既に2年も経験している面々はほぼ遊びに近い。
教師も受験に向けて然程厳しくはそれを注意しない。

 今日はハードル。

 練習する訳でもなく、タイムを計るでもなく、いきなり5人順番にレースを敢行。
最初に走り出した5人組に対する応援も野次の様に、まるで体育祭さながらだ。

 そして、2番目にスタートラインに着いたのは佐藤等、出席番号6〜10の生徒である。

 そのレースが始まるや否や応援が始まるのだが、佐藤には別の意味での応援が入った。
転向してきた彼女の頭文字をただ連呼すると言う、まぁ幼稚な弄りである。
もちろん応援としては相応しくないのだが...

 もう、この時には男子全員が把握している状況だ。
2年までは佐藤もどちらかと言うと”弄る”側の人間だったが、この日を境に”弄られる”側に..

 散々、こんな形で言われればクラスの女子だって気付かない訳がない。



 2008/04/14 (Mon)
 一週間が経とうとしていた。
佐藤と彼女の間に会話は無くも無かったが当たり障りの無い感じで一向に進展はない。

 この日は新入生を歓迎する交流遠足があった。
と言っても目的よりは単純に授業が休めるってイベントでしかなかった。

 そこで佐藤の友人が悪巧みでお節介を焼いた。

 遠足の場所は高校から歩いて30分程の宮地嶽神社である。
此処は古くからの民家の造りが残っていて、実際中にも入れる。

 弁当を食べる事意外はする事が無い学生等は、食べ終わると大体グループになってふざけ合いを始める。
佐藤等も仲の良いグループで合掌造りの民家で自然に遊んでいる。

 そこに佐藤の友人は彼女と佐藤を2人きりにさせるシチュエーションまで漕ぎ着けた。


 そして、結果は・・・



 2008/04/21 (Mon)
 佐藤は今後、同じ教室でかなり居辛くなってしまった。
最後の学生生活に初っ端大怪我して、加害者を正直ぶん殴りたくなった。

 そして、追い討ちを掛けるようにその彼女は佐藤の一番親しい出席番号5番の友人と付き合っている噂を聞く。



 段々、佐藤と友人の間に溝が出来始めた。
しかし、友人はクラスの中で一番の人気者。
省られて言ったのはどちらかと言うと佐藤の方。


 他の男友人とは別に気兼ねなく付き合えていたし、
イジメと言う程辛くは無かったが佐藤は1人の時間を多く作るようになった。

 2年の頃と変わった事と言えば、
いつも部室で友人と共に食べていた昼食を1人で食べられる所でするようになった事。



 この日も佐藤は1人で食事を摂っていた。
佐藤は何者かの気配を感じた。


「昼食を1人だなんて寂しくないですか?」


 普段、この場所には人は入ってこない。
第一、校舎の中ではないのだから当然だ。


「やべっ」


 佐藤はまず、気配を教師と判断した。
高校には何十人も教師が居るから授業で当たらなければ、
面識の無い教師が殆どだ。

 ただ走り出して振り返った姿はどうも教師には見えない。
深く被った帽子に、もう春の温暖な気温なのに、ロングコートを着ているその男。


「私は此処の教師じゃありませんよ。」


 何か不気味なオーラを佐藤は感じた。


「あっそ、じゃあ俺はこれで...」


 素気無く返した言葉は焦って走り出そうとして損した気分も込められている。
そのまま校舎へ戻ろうとした時、佐藤は男の言葉に無意識に足を止めてしまった。

 なぜならその男は佐藤が告白をしてフラれた彼女の名前や、今誰と付き合ってるかなど、
事細かに踏まえて佐藤を説明したからだ。


「...ですよね?」
「・・・なんで知っとんかって?」
「いえ、人間観察が趣味でして、気に障ったなら誤ります。」
「あんたには関係無い事です、これで失礼します。」


 男は再度踵を返して去っていく佐藤をこんな言い草で足止めした。
と言っても、人間無視しようとしても完全には出来ない物である。
例えばそれが自分の望みを真芯で捉えられた場合は特に―


「彼女との仲を取り持って差し上げますよ。」
「あんた一体?」
「私は傀儡師です。」
「傀儡師?」
「そうです。ある人に雇われてゲームの案内をさせて頂いている傀儡師です。」
「・・・はぁ・・・ゲームの?」
「良かったら彼女を掛けて、面白いゲームをしませんか?」


 佐藤はかなり警戒心を持ったが、出席番号5番の”アイツ”をギャフンと言わせるには丁度良いと思い、
半信半疑そのゲームに参加する事にした。


「私は傀儡師。
この度は私の”遊び”に付き合って下さって誠に有難う御座います。
今回、私から貴方にほんの僅かですが褒美を掛けてゲームをして頂きたいのです。
内容は簡単な物です、私が言う物を探し出して来る―それだけです。
もちろん、此方からは一切何も頂きません。
貴方の頑張りがそのまま褒美となります。」
「へぇ、探すだけなんだ、それでその探してくる物は?」
「これを貴方に渡します。」
「何これ?」


 傀儡師は手のひらに納まるぐらいの万歩計みたいな物を差し出した。


「これは『メートル』と言います。」
「『メートル』?」
「目的の物がある場所までこれに『あと何m』って形で表示されます。
 表示が0になったら辺りを見回して下さい、あるアイテムが見つかります。」
「マジで?めっちゃ簡単やん!」


 説明を聞きながら視線を『メートル』に向けていた佐藤は傀儡師が居なくなった事に気付かなかった。


「あれ?おっちゃん?傀儡師のおっちゃん?」


 何処にも見当たらない。
残ったのは『メートル』だけ。

 そこに表示されているのは200m。
小刻みに減ったり、増えたりしている、液晶に佐藤はすぐ要領を掴んだ。


(こんなん楽勝やろ?)


 現在地は校舎裏の須賀神社。
四方八方を1歩2歩歩きながら進路を決める。

―北、201m
―東、199m
―南、199m
―西、201m


 これで少なくとも校舎外だと言う事が分かる。
昼休みの時間もまだ30分ほどあるし、佐藤は良い暇つぶしを見つけたと思った。
東南は丁度、校舎の建物の中に位置する。
早くしないと授業も始まってしまうため、佐藤は急ぎ足で探検を開始する。


―体育館、食堂、150m
―家庭科室、100m
―職員室、80m
―1年教室、40m
―2年教室、20m
―3年教室、5m


 どんどん減るメーターに期待感を持ちながら進む佐藤が次第に微妙な表情になっていく。
5mになった時点で広がる光景は―


(俺の教室?)


 初めあの傀儡師に馬鹿にされた気分だった。
一応、教室の中を隈なく歩いてみる。

 その間、メーターが0になる地点もあったが、正直疑いの気持ちしかなかった。


『0』


 メーターが0になった場所は入り口から2列目の一番後ろの席―
佐藤の席である。


(あの男俺の席までの距離でも教えたかったんかいな?)


 佐藤は自分の席を不審に調べ始めた。
変わった物はもちろん無い。


―キーンコーンカーンコーン―


 そうこうしている内に昼休みが終わってしまった。
その後も全く変わった事も無い。

 佐藤は部活があったがすぐ帰宅した。
バスケ部には5番と彼女がマネージャーとして居たからだ。


 自宅に着いて鞄を放り投げてベッドに体を預けてそのまま眠ってしまった。



 2008/04/22 (Tue)
 佐藤は制服のまま目を覚ます。
時計を見るともう既に学校に行く時間だった。


「最悪...」


 寝ぼけながらも朝風呂に入り、歯を磨き、クシャクシャのままの制服にまた身を通す。
洗面台にいつも置いているワックス...
しかし、いつもある場所にそれは無い。

 ふとポケットに何か違和感を覚えてそれを出すと、『メートル』だった。
それだけなら不思議でも無かったけど佐藤が見たメーターはおかしな物だった。


「あれ?メーターが5mになってる。なんでだ?」


 昨日の切る休みで見た時では佐藤の席で0だったのに自宅に戻っても2mになっている。
佐藤はもう一度そのメーターが0になる所を探した。


『0』


 それは学生鞄。
しかし目当てになりそうな物ではなく、結果オーライな物が見つかる。


「あっワックスあった」


 その他、気になる物は見つからなかった。
仕方ないから佐藤は髪型をそのワックスでセットした。


 今日はやけにスタイリングが決まった。
触ってもべた付かないし、且ダイナミックに形が思いのまま。


(なんか今日良い感じ♪いっぱい寝たせいか?)


 佐藤は学校にギリギリ登校した。

 教室に入ると何も変わらない普通の学校生活。
あっという間に昼休みだ。

 佐藤はあの男にもう一度会うためいつもの場所に足を運んだ。
(もちろんまたあの場所に来る保障はないけど)

 昼飯を食べながら待ち続けたが、一向に男は現れなかった。
もう終わりの時間に近くなり戻ろうとしたその時。
1人の女性が立っていた。


―彼女だ。


 そして思いも寄らない出来事が起こった。


「この前はごめんなさい、最初で慣れてなかったから咄嗟に...
 ...で、その...」


 佐藤に本当の春が来た。
彼女は5番と別れて、佐藤の元へ来たのだ。

 佐藤は舞い上がる。
地獄の様な高校最後の1年が一気に天国へ変わった瞬間。
佐藤は彼女を手に入れ、思う存分楽しんだ。


 2008/05/22 (Thu)
 佐藤はこの日、大遅刻をした。
顔も洗わず、歯も磨かず、寝癖もセットせず...

 案の定、間に合わなかった佐藤は1時間目の授業の教師に叱られる。
佐藤は彼女に目と口で合図を送った。

 しかし、彼女はそれを全く気にも留めず無関心な素振りだ。


(どうしたんやろ?)


 1時間目の授業が終わり佐藤は彼女の元へ行こうとしたが、その光景に仰天する。

 親しそうに彼女と話す、5番...

 状況が理解できずに佐藤は頭に血が上りそこへ怒鳴り込んだ。


「おいっ、どういう訳なんかちゃ?」
「はっ?」
「俺の女、手出すな?未練タラタラやんか!」
「はっ?意味判らんて、お前がタラタラやんかって!」


 その内2人には取っ組み合いになった。
そこに彼女の張り手が飛んできた。
―それは...佐藤の頬を軽く赤みを帯びさせる。

 彼女は5番をかばった。
そして佐藤を突き放した。

 佐藤はその日、学校を早退した。


 次の日、親に休みたいと佐藤は言ったが許しを得る事は出来なかった。
佐藤の親は病気でもないのに休みをくれたりはしないスパルタ気味の親だった。
仕方ない佐藤は気分が乗らないながらも、いつも通り学校の準備を始める。

 顔を洗い、歯を磨き、髪をセットして...

 どんな顔して学校に行けばいいか分からない佐藤は挨拶もせずに自分の席で蹲った。
すると、佐藤の背中を優しく撫でてくる手があった。


「大丈夫?」


 それは昨日、突き放されたはずの彼女だ。
佐藤は逆にそれがちょっかいを掛けてくるように思えて何も反応しなかった。

 でも、彼女は本当に佐藤を労わっていた。
そんな気も知らず、佐藤は腹を立てていく。


「止めろよ。」
「だって気分悪いんじゃないの」
「触わんじゃねぇよ、この2股女が」
「えっ?」


 彼女はまさに、鳩が豆鉄砲を食らった顔をした。
そして、泣き崩れた彼女は走り去ってしまった。

 それに緒を切ったのがすぐ隣に居辛そうにしていた5番だった。


「ってめぇ」


 5番の握り拳が鈍い音を立てて佐藤の顔に痣を作る。
間髪居れずに倒れこんだ佐藤の胸倉を5番は掴んできた。


「何すんだよっ!」
「聞きたいのはこっちや!俺から彼女取ったくせにその言い草はなかろうが!」


 その5番の親身に迫る勢いは佐藤はを絶句させた。
そして5番は彼女を追って教室を後にした。


 残された佐藤に向けられた視線は非常に厳しかった。




 その後、佐藤は光陵高校を退学した。






―私は貴方の様なゆとりの無い方に安息を与えるのが仕事なのです。

では、また会う日まで...